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インタビュー記事

4年間の想いが形となった『りんごの棚』

~障害者サービスをさらに充実させるために~
元 豊島区立巣鴨図書館 児童担当 石川典子氏 (現 豊島区立中央図書館)
2022年1月、同館に「りんごの棚」が開設されました。
りんごプロジェクト・ナビゲーター 古市理代 が、開設までの想いを伺いました。
                                                                                    (インタビュー実施日 2022年1月28日)

コロナ禍での図書館サービスの在り方を模索した日々

 私が2年前まで勤務していた豊島区立中央図書館には点字図書館(ひかり文庫)が併設されていて、障害者サービスに触れる環境が身近にありました。
 2018年高知県にあるオーテピア高知図書館を訪れた時、充実した障害者サービスに刺激を受け、その頃出版された『図書館利用に障害のある人々へのサービス(上下巻)』(※1)を読んで、障害のある子どもへのサービスに「りんごの棚」という資料提供の方法があることを知りました。この本には障害者サービスの実践例も紹介されていて、私たちのサービスにはまだまだ不足しているものがあると感じました。翌2019年読書バリアフリー法が施行され、すべての人々が図書館サービスを受けられるための環境づくりは図書館の早急な課題であると考えるようになりました。

 ところが年が明けると新型コロナウイルス感染症が国内にも広がり、緊急事態宣言を受けて豊島区立図書館は4/9~5/27まで臨時休館を余儀なくされました。この年の4月私は巣鴨図書館に異動しました。一斉臨時休校のため家庭で過ごす時間が長くなった子どもたちの問題を取り上げる報道が増え、図書館では子どもたちに何ができるか、どうすれば子どもたちに本を届けられるのか模索が始まり、準備が進められました。
 豊島区立図書館は一部のサービス再開と同時に“司書が選んだ年齢別のおたのしみセット”の貸出を始めました。巣鴨図書館は9日で1851冊の児童書が貸出され、本が読める喜びの声を沢山いただきました。子どもと子どもを取り巻く大人たちが、いかに本を待ち望んでいたかが分かります。東日本大震災後がそうであったように、子どもには苦難の時ほど寄り添ってくれる本が必要なのだと思います。貸出の勢いに作業が追いつかないほどでしたが、手に取る子どもたちのことを考えながら黙々とセット組みをした経験は、のちの「りんごの棚」開設への大きなモチベーションになりました。

 2020年豊島区は内閣府からSDGs未来都市と自治体SDGsモデル事業にダブル選定され、「としまSDGs都市宣言」をしました。読書バリアフリー法による障害者等への読書環境の整備は、SDGsの“誰一人取り残さない”という理念に結びつきます。そこで、ずっと頭の片隅にあった「りんごの棚」を巣鴨図書館のSDGs事業として実現できないかと考えるようになりました。まずSDGsの本質を理解してブラッシュアップもできるように、SDGs for School の認定エデュケーターになりました。この学びの中で「りんごの棚」開設に役立ったのは、SDGsのもう一つの理念“私たちの世界を変革する” ためのバックキャスティング(目標とする未来を先に描き逆算して現在までを考える思考)でした。
 私はこれまで「りんごの棚」を開設できたらいいなと思っても、予算的にも業務的負担を考えても短期で結果を出すのは難しいと打ち消していました。けれども「りんごの棚」を開設する意義があるなら、もっと俯瞰的に長期的視点で明確な目標を設定し、実現のためにはいつまでにどういう仕事をすればいいのか計画を立ててゴールに近づけばいいのだという考えに変わりました。そう考えると「りんごの棚」の設置をゴールにするのではなく、巣鴨図書館全体がインクルーシブになり、その一つとして「りんごの棚」があるのがよいのではないかと思いました。そのために何が必要かも明確になってきました。まずは職場の仲間に共感してもらうことです。  

※1 2021.12補訂版が出版。『図書館利用に障害のある人々へのサービス 補訂版(上下巻)』日本図書館協会障害者サービス委員会/編 日本図書館協会/発行 2021

いよいよ『りんごの棚』の開設に向けて始動…
そこにあった様々な苦労と工夫とは

 2021年4月児童担当のミーティングで、巣鴨図書館のSDGs事業として“インクルーシブな読書環境の整備と「りんごの棚」の設置”についての企画を提案しました。そして「りんごの棚」とは何か、設置場所、開設時期、予算、インクルーシブな読書環境として実施できることを説明しました。コロナ禍だから何もできないではなく、コロナ禍だからこそできるサービスを皆で取り組んでいきたいという思いも伝えました。この思いを後押ししたのは、おたのしみセットで多くの子どもに本を手渡せた喜びや子どもたちが未来に期待するSDGsのシールアンケートの結果ではなかったかと思います(※2)。すると児童担当全員が「面白そうだね、やってみよう」と共感してくれました。ミーテイングのあと書架へ行くと「どうせ開設するならもっと広いスペースにしたら?」と声が上がり、当初考えていたより広い設置場所がその日のうちに決まりました。

 ところが、すぐに「りんごの棚」に着手できたわけではありません。児童サービスの軸になる計画的な除籍や定期的な閉架への移動作業という最優先しなければならない課題がありました。これも考慮した上での1月開設です。この作業を3期に分け、3期目(10月~)に「りんごの棚」と読書環境の整備に向けた作業を開始することにしました。事業計画書は事前に提出し、承認が得られれば作業に必要な情報を前倒しで集めることにしました。

 情報として参考になったのは、実際に「りんごの棚」を設置している図書館の見学と各地の司書仲間から聞いた話です。たくさん資料を所蔵していることが利用しやすさに繋がるのではなく、資料の精選が鍵となることも分かりました。見学先で手にしたことのない資料は1点ずつ内容を確認し、貸出票が付いていれば貸出回数の多い資料をチェックしました。障害の特性に合ったもの、発達段階や年齢に合ったもの、巣鴨図書館の利用者ニーズも考えて、担当内からも推薦本があればあげてもらいました。

 こうしてLLブック、点字絵本、さわる絵本、大活字本、布の絵本、一般の児童書、障害を理解する本の中から巣鴨図書館の「りんごの棚」に所蔵する資料が決まりました。予算によって購入できる点数が変わるので優先順位もリストに記入しました。購入は資料によって通常の流通では手に入らず直販で購入しなければならないものもありますし、納品まで時間のかかるものもあります。購入希望先と取引が無くて、債権者登録から始めなければならない場合もあります。納品後の装備にかかる時間も考えて、開設予定日から逆算して発注期限を早めに検討しました。デイジーは大変有効な資料ですが、視聴覚資料のない当館は所蔵を見合わせました(※3)。

 館内のスペースが確保できるのであれば、「りんごの棚」は大人も子どもも誰もがアクセスしやすい一般書と児童書の境界あたりに設置するのが望ましいと思います。そうすればLLブックや一般書など置ける資料の幅が広がり、もっとたくさんのニーズに応えられるのではないかと思うからです。

※2 2021年2/27~3/21来館者に行った非接触型のSDGsアンケート(505名参加)。 「9年後の2030年、豊島区や自分の住んでいる区は今より良くなっていると思いますか」の問いに、大人はあまりよくなっていない、悪くなっているという悲観的な意見も多かったのに対し、子どもはとてもよくなっている、まあまあよくなっているという意見が大多数だった。

※3 DAISY(デイジー)はデジタル・アクセシブル・インフォメーション・システムの略。豊島区では点字図書館(ひかり文庫)に所蔵。

『りんごの棚』を開設!

2022年1月5日。ようやく「りんごの棚」を開設することができました。入り口を入って正面に児童室があり、右側の乳幼児コーナー近くに「りんごの棚」があります。大人も立ち寄りやすく、見やすい位置にあります。小上がりに接しているので、障害のあるお子さんも寝ながら本を楽しむことができます。
 「りんごの棚」には名前の由来や内容、大活字本の読みやすさのひみつ(※4)がわかる掲示があります。また「りんごの棚」の案内リーフレット、障害のある方や母語が外国語の方にもわかりやすい巣鴨図書館の利用案内(※5)、点字一覧表などを作成してパンフレットスタンドに置いて提供することにしました(写真の左側)。読書補助具を実際に体験できるように、使い方の説明と共に6色のリーディングトラッカー(写真の右側)も常置しました。

 1月に開設を記念して“りんごの棚クイズ”というイベントを行い、参加してくれた先着100名の子どもたちに手作りのリーディングトラッカーをプレゼントしました。イベントは盛況で大人の参加もありました。リーディングトラッカーはあまり必要としない子どもの手に渡った感もありますが、「祖母が気に入って使っている」「家族みんなで使った」という声も聞かれ、読書補助具を知る機会にはなったかなと思っています。知ることで周囲に感化を及ぼし、これからも伝え広がることで、読書補助具というものが必要とする人の手に届くようになれば嬉しいです。

 設置して6週間、貸出日41日で162冊の貸出がありました。予想を上回る貸出に驚いていますが、「りんごの棚」は通常の本に読みにくさを感じている特別なニーズのある子どものためのインクルーシブなサービスを主な目的としているので、貸出数だけでその価値を測ることはできないと思っています。

 『りんごの棚』を開設したことがきっかけで、特別支援学級の先生や障害のあるお子さんのいるご家族、教育を学ぶ学生さんなどから資料相談を受けるようになりました。棚は児童室にありますが、高齢者や若い方、外国籍の方の利用もみられます。障害の有無にかかわらず、布の絵本は乳幼児に大変人気があり、点字付き絵本やさわる絵本は幼児の利用が多いと感じています。

 巣鴨図書館「りんごの棚」のオリジナルロゴはセンスのある児童担当のデザインです。目標の設定とそれに向けた実施計画、情報収集や著作権の許諾等は私が受け持ちましたが、イベントの企画やプレゼント作り、やさしい利用案内やピクトグラムの書架表示などは児童担当がみんなで協力して作りました。試行錯誤を重ねて停滞することもありましたが、目標を見失わなければまた前進する力になることを経験しました。館長をはじめ、中央図書館の係長にも助言をいただき、債権者登録やシステムの問合わせなどいろいろ協力していただいて、漸く開設に漕ぎつけました。

※4出版社に許諾済み。

※5近畿視覚障害者情報サービス研究協議会に許諾を得てひな型を使用して作成。

『りんごの棚』は発展していく棚

 私の中では2019年の読書バリアフリー法が「りんごの棚」開設の大きなきっかけでした。学校の司書さんにも読書バリアフリー法や「りんごの棚」の意義を伝えて、子どもや先生方へのサポートの糸口にしてもらえたらと思っています。

 私は現職前に、教諭や学校司書としてたくさんの子どもたちと接してきました。発達障害、学習障害、難しい家庭環境のお子さんとの出会いもありましたが、どんな子どもでも大人のちょっとしたサポートで自分に合った読みやすい本にであえると本を工夫して読み、本の楽しみを得ていく姿を見てきました。時間がかかることもありましたが、本を通して子どもたちが成長する姿を見て、誰でもアクセスできる本、活字に限らず読みたい本が見つけられるといいなと思いました。

 私たちは、一人でも多くの子どもが「りんごの棚」で自分に合ったアクセシブルな資料に出あい、読書のよろこびを知り、図書館に親しむ基礎をつくれるように、今後も広報を続けていきたいと思っています。「りんごの棚」は設置したら終わりというものではなく、利用状況やニーズをみて資料の追加や入れ替えを行い、発展していく棚と考えています。購入できる障害者サービスの子ども向け資料は多くはありません。情報を集めて充実した資料の収集に努め、障害の有無にかかわらず誰もが楽しめて、自然と多様性が理解できるような棚にしていけるよう担当内で話し合って工夫していきたいと思います。

(豊島区立巣鴨図書館 館長 星 弘一氏)

 昭和43年に開設された巣鴨図書館は区内でも歴史が長く、平成27年(2015年)にはリニューアルし全館バリアフリー化を行いました。車椅子の方、シニアカーの方も利用しています。近くに聾学校があり、先生や生徒さんの利用もあります。小さな図書館ですが、地域に根付いた市民の憩いの場となるよう、さらなるサービス向上に努めていきたいです。

 私たちは障害のある人を特別扱いするのではなく、必要な配慮・支援を行うことが日常のサービスになっています。一見して障害があるかどうかわからない方もいらっしゃいますので、自然に配慮ができることが大切だと思います。
 区内には駅直結で夜10時まで開館している中央図書館もあり、そこはお勤め帰りの方の利用も多く、図書館がサードプレイスとなってきていると感じています。区内在住の高齢者や身体の不自由な方などで図書館への来館が困難な方に図書をご家庭まで届ける「そよかぜ文庫」といった図書館サービスも行っています。だれもが平等に本に出あう機会を得られるのが図書館です。図書館全体がもっとインクルーシブになり、誰もが利用しやすい地域の図書館として、すべての人に読書の楽しみを届けられる図書館としてあり続けたいと願っています。

インタビューを終えて
 誰もが使いやすい図書館を目指して、現状に甘んじることなく日々サービスの向上を追求されている石川さんの姿勢から、市民の財産である図書館の明るい未来が見えるような気がしました。大事なことは、図書館の障害者サービスが更に普及することで、障害者だけではなく、高齢者も子どももあらゆる人に情報アクセスの公正化が行われるということだと思います。
 お忙しい中インタビューに答えてくださった、石川さん、館長の星さん、ありがとうございました。(古市)